ロードス島年代記 第3章 エル・ドラード

ロードス島年代記 第3章 エル・ドラード

1564年の西地中海

聖ヨハネ騎士団でプレイした結果を年代記風にまとめた長編リプレイです。
EU4をご存知の方を想定して、なるべく脚色せずにプレイの過程がわかるように書いています。

これまでのあらすじ

聖ヨハネ騎士団は念願の新大陸進出を果たし、ヨーロッパにも第二の拠点を得た。ヴェネツィアに代わってフランス、ポルトガルと軍事同盟を結んだことにより、ひとまず滅亡の危機は去ったかに見える。上り調子の騎士団がいだく次なる野望とは?

ZIPANG

1569年 西アフリカのマリがポルトガルに宣戦布告。騎士団も同盟国として参戦する。
1569年〜1576年 第一次マリ=ポルトガル戦争。
1585年〜1588年 第二次マリ=ポルトガル戦争。
 二度の戦争に敗北したポルトガルは西アフリカの植民地をすべて失った。
これ以上無益な戦争に巻き込まれるなら、ポルトガルとの同盟を解消すべきか?
1574年 植民地国家「ラプラタ騎士団」が誕生する。

ラプラタ川
現在のアルゼンチンとウルグアイの間を流れる川。
スペイン人が願いを込めて「銀の川」を意味するラプラタ川と命名した。
 ラプラタ川

第2の植民地国家が誕生! 周辺にはヨーロッパ諸国の植民地がなく、今後の発展が楽しみ。

1574年の南アメリカ南部

1576年 騎士団がカスティーリャと軍事同盟を結ぶ。
カスティーリャはイングランドと敵対しており、向こうから同盟を提案してきた。
心配なのはフランスとの板挟みだが、フランスはカスティーリャ領に興味がないようだ。
1578年 騎士団の外交技術がレベル15になる。
植民範囲がさらに拡大した。これでようやく太平洋とインド洋に進出できる。
1579年 フランスがカスティーリャに宣戦布告。騎士団はカスティーリャを見捨てる。
早くも板挟みになるとは。こんなところで大国フランスを敵に回すわけにはいかない。
同盟を破ることになるが、カスティーリャからの援軍要請は断ろう。
カスティーリャはこの戦争に敗北し、ヨーロッパの領土を大幅に失った。
1584年 騎士団の探検隊がヨーロッパ人としては初めて日本に到達する。

ポルトガル人が日本に初めて到来し、鉄砲を伝えたのは1542年〜1543年とされる。
 鉄砲伝来

戦国の世はすでに終わり、日本は将軍の治める統一国家になっていた。

豊臣秀吉の天下統一は1590年、徳川家康が江戸幕府を開いたのは1603年のこと。
 豊臣秀吉
 徳川家康

ロードス島から出発して、ついに日本に到達。思えば長い道のりだった・・・

1584年の日本周辺

黄金狂時代

1584年 騎士団が南アメリカの先住民国家クスコに宣戦布告。
攻撃側:聖ヨハネ騎士団とその植民地
防御側:クスコ

クスコ王国
アンデス山脈の小王国。都市国家から成長を遂げ、インカ帝国の前身となった。
 クスコ王国
 インカ帝国

いよいよ異教徒の征服に着手する。
投入できる戦力はごく限られているが、技術力の差で埋め合わせできるだろう。
クスコは金が大量に産出する黄金郷で、格好の征服対象だった。
このときクスコは外交的に孤立しており、軍事技術も騎士団に比べて著しく劣っていた。

黄金郷(エル・ドラード)
南アメリカのアンデス地方に伝わる伝説。大航海時代にヨーロッパで噂が広まった。
 エル・ドラード

騎士団1万3千が油断していたクスコ軍7千を奇襲。クスコ軍は不意をつかれて全滅した。
軍事技術の差は歴然で、騎士団は渡河と山岳戦による不利をものともせず圧勝した。
1585年(戦争2年目)
10ヶ月の攻防戦を経て首都クスコが陥落。
騎士団とクスコ軍の残存部隊が決戦。クスコ軍はあっさり壊滅した。
1586年(戦争3年目)
騎士団の完全勝利で戦争終結。クスコは騎士団の属国になった。
伝説の黄金郷を征服!
当初は完全併合をもくろんでいたが、残念ながら属国化にとどまった。
ルール上、この時代はまだ自国の領土に隣接していない領土を割譲させることができない。

1586年の南アメリカ南部

さらば友よ

<世界一周航海への挑戦>

1591年 騎士団の世界一周艦隊がハワイ植民地を出港して一路西へ向かう。
1592年 損傷した船の修理のためアフリカ南東のモーリシャス植民地に寄港。
1593年 喜望峰、マゼラン海峡を通過。同年、史上初の世界一周航海を達成。

世界一周航海
歴史上は1522年、マゼラン率いるスペイン艦隊が史上初の世界一周航海に成功した。
くしくもロードス島が陥落したのと同じ年の出来事であった。
 フェルディナンド・マゼラン

世界一周航海を成し遂げたことで、騎士団の「威信」パラメーターは最大値まで増加した。
戦略目標のひとつだった史上初の世界一周航海を達成。もうなにも怖くない!
1592年 騎士団がヴェネツィアと軍事同盟を結ぶ。
一度は袋叩きにされたヴェネツィアだが、破門も解け再び勢力を盛り返しつつあった。
ヴェネツィアの海軍は地中海で頼もしい味方になる。手を結んでおいて損はないはず。
1593年 フランスがプロヴァンスに宣戦布告。騎士団も同盟国として参戦する。
攻撃側:フランスとその植民地、聖ヨハネ騎士団とその植民地、他
防御側:プロヴァンス、オーストリア

プロヴァンス伯領
フランス南東部を支配した諸侯。
 プロヴァンス伯領

フランス様のご意向には逆らえない。兵力差も圧倒的ですぐに決着がつきそう。
ヴェネツィアがプロヴァンス側で参戦する。
せっかく結んだヴェネツィアとの同盟があえなく崩壊。
楽勝だと思ってヴェネツィア湾の封鎖に向かった騎士団艦隊が一転ピンチに。
<アドリア海海戦>

あわてて引き返そうとした騎士団艦隊をヴェネツィア艦隊が追撃。
 
ヴェネツィア艦隊は数で劣る上に老朽化しており、あっさり撃退に成功。
 
追撃しようとしたが、ヴェネツィア湾内に多数の艦影を確認したため撤退。

デンマークがプロヴァンス側で参戦する。その後さらに3カ国が立て続けに参戦する。
オーストリアの同盟国が次々とプロヴァンス側で参戦。あれ、変なフラグ立てちゃった?
1594年(戦争2年目)
ヴェネツィア艦隊がロードス島への上陸作戦を開始する。
<サタリア湾沖海戦>

騎士団の主力艦隊が兵士を満載したヴェネツィア艦隊の輸送船を急襲。
 
ヴェネツィア艦隊はクレタ島へ敗走。騎士団艦隊はクレタ島を海上封鎖する。

<タラント湾沖海戦>

はるばる地中海まで出張してきたカリブ騎士団艦隊をヴェネツィアの主力艦隊が迎撃。
 
クレタ島を封鎖していた騎士団の主力艦隊が急行する。
 
激戦の末、騎士団連合艦隊が勝利。以後、東地中海の制海権は騎士団が握る。

1595年(戦争3年目)
ボヘミアがフランス側で参戦。戦争の流れが逆転し、騎士団にとって有利になる。

ボヘミア王冠領
現在のチェコ西部・中部地方にあったボヘミア王国とその従属国の集合体。
 ボヘミア王冠領

1598年(戦争6年目)
フランス連合軍の大勝利で戦争が終結。
プロヴァンスは領土の大半を失い、オーストリアもフランスに隣接する飛び地を奪われた。
古き盟友ヴェネツィアとの関係もこれまで。もはや同盟を結ぶことはないだろう。

1598年の東地中海

征服者

1600年 南アメリカのワイナプチナ山が歴史的な大噴火を起こす。

ワイナプチナ山
1600年の大噴火の影響は全世界におよび、寒冷化による不作や飢饉をもたらした。
 ワイナプチナ山

騎士団が南アメリカの先住民国家コジャに宣戦布告。

コジャ王国
アンデス地域の先住民であるアイマラ族の諸王朝のひとつ。
 コジャ王国

目の前で歴史的大噴火が起きているが、そんなことは気にしていられない。
他のヨーロッパ諸国が黄金郷の存在に気づく前にすべて征服してしまおう。
3年後、戦争終結。コジャは領土の半分を失い、金の出る土地はすべて騎士団領となった。
1603年 ポルトガルが騎士団との軍事同盟を破棄する。
どうやらポルトガルも黄金郷を欲しがっていたらしく、急激に関係が悪化した。
ポルトガルとの同盟は破棄したいと思っていたので渡りに船だが、同じことがフランスにも起きるようだと外交的に孤立してしまう。それだけは避けなければ。
1605年 植民地国家「ペルー騎士団」が誕生する。
第3の植民地国家が誕生! いずれは周辺の先住民をすべて征服して一大勢力に。
1607年 イングランドがスコットランドに宣戦布告する。
フランスがスコットランドを支援したため、ヨーロッパの戦争は中南米の植民地に波及し、世界初の本格的な植民地戦争となる(第一次英仏植民地戦争

4年後、イングランド軍がフランス全土を占領して戦争終結。
スコットランドは領土の大部分を失い、フランスも本国の一部を奪われる。

1611年 騎士団がインドネシアの小国テルナテに宣戦布告。
もうひとつの黄金郷、インドネシアの香料をめぐる征服戦争のはじまり。
翌年、騎士団の完全勝利で戦争終結。騎士団がテルナテを併合する。
1614年 騎士団がインドネシアの小国ティドレ、ルウに宣戦布告。
3年後、戦争終結。騎士団がティドレを併合。ルウは交易中心地マカッサルを割譲。

1617年のインドネシア

オスマンがマムルーク=ティムール同盟に宣戦布告。以後、たびたび戦争を繰り返す。

ティムール朝
中央アジアからイランを支配したイスラム王朝。モンゴル帝国の継承国家のひとつ。
 ティムール朝

1618年の中東

4年後、オスマンの勝利で戦争終結。聖地エルサレムがオスマンの領土になる。
マムルークとティムールの連合軍でもオスマンには勝てなかった。
エルサレムにはオスマンが居座り、聖地奪還の夢はさらに遠くなった・・・
オスマンはロードス島など眼中にないようだが、もし攻め込まれれば即占領されてしまう。

1618年の東地中海

1619年 イングランドがグレートブリテンに国名変更。以後、単にイギリスと呼ぶ。
スコットランドの大部分を征服したイングランドは大英帝国の成立を宣言した。
1620年 騎士団が南アメリカのコジャに宣戦布告(第二次コジャ征服戦争)
翌年、戦争終結。ラプラタ騎士団とペルー騎士団がコジャを分割併合する。
あっけなくアンデス南部の征服が完了。まったく負ける気がしなかった。

1621年の南アメリカ

1628年 植民地国家「カリフォルニア騎士団」が誕生する。
第4の植民地国家が誕生! 周辺にヨーロッパの植民地はなく、安心して拡大できる。
1629年 ペルー騎士団がクスコを外交併合する。
これで名実ともにアンデス山脈南部の異教徒は騎士団が完全に征服した。
騎士団が南アメリカの先住民国家チムーに宣戦布告。

チムー王国
インカ帝国成立以前のアンデス地域に存在した最大の王国。
 チムー王国

アンデス北部の征服を開始。チムーには同盟国がなく外交的に孤立していた。
2年後、戦争終結。チムーはペルー騎士団に領土の半分を割譲した。
1631年 騎士団の国力が世界第8位になり、世界の列強に名を連ねる。
<1631年の列強>

1位 オスマン
2位 明(中国)
3位 フランス
4位 ティムール
5位 ロシア
6位 イギリス
7位 ボヘミア
8位 聖ヨハネ騎士団

列強
国力が8位以上の国は列強(超大国)とみなされ、専用の外交行動が使えるようになる。
DLC「Rights of Man」が必要。
ついに世界の列強に! ロードス島からはじめて、ここまで来られるとは夢のようだ・・・

次回予告

とうとう世界の列強の座に上り詰めた聖ヨハネ騎士団。黄金を求めて次々と異教徒を征服していく騎士団に待ち受けるのは栄光か滅亡か?