ロードス島年代記 第6章 クルセード

ロードス島年代記 第6章 クルセード

1740年の北アメリカ

聖ヨハネ騎士団でプレイした結果を年代記風にまとめた長編リプレイです。
EU4をご存知の方を想定して、なるべく脚色せずにプレイの過程がわかるように書いています。

これまでのあらすじ

聖ヨハネ騎士団は世界最強の超大国になった。残された悲願は聖地エルサレムの奪還だけである。宿敵オスマンとの決戦の時が刻一刻と迫っていた。

首都消失

1741年 フランスがオーストリアに宣戦布告。騎士団も同盟国として参戦する。
攻撃側:フランスとその植民地、聖ヨハネ騎士団とその植民地、ボヘミア、他
防御側:オーストリア、他
オスマンを破ったオーストリア大同盟との戦争。あくまでフランスとの同盟を堅持する。
3年後、騎士団が目立った活躍をする前に、フランス連合軍の大勝利で戦争が終結。
講和条約によりハンガリーが独立し、オーストリア=ハンガリー帝国は解体された。
1744年 騎士団が九州の大名・大友に宣戦布告。
日本列島を完全征服するため、まずは小勢力から滅ぼすことにしよう。
主力艦隊はヨーロッパに出払っているが、明(中国)は朝貢国である革命ロシアを支援してオスマンと戦争中のため、介入してくる可能性は低いはず。
開戦と同時に明(中国)が大友側で参戦する。
攻撃側:聖ヨハネ騎士団とその植民地
防御側:大友、明(中国)
完全に予想外の展開。今の騎士団に極東で明(中国)と戦えるだけの力はない。
主力艦隊がヨーロッパから戻って来るまで時間を稼がなくては。
5ヶ月の攻防戦の末、大友の首都が陥落。
1745年(戦争2年目)
<琉球沖海戦>

ヨーロッパから日本に向かう騎士団の主力艦隊を明(中国)の主力艦隊が迎え撃つ。
 
日本で主力艦隊が来るのを待っていた騎士団の極東艦隊が合流して戦力が互角になる。
 
どこからともなく明(中国)の増援艦隊が来援。一転して劣勢になる。
 
騎士団艦隊の敗北。以後、日本近海の制海権は明(中国)に握られる。

騎士団は明(中国)と白紙和平を結び戦争が終わる。
白紙和平
双方とも相手になにも要求しない講和条約。
一方的に要求を飲まされる無条件降伏とは異なる。
戦争目標が大友の征服だったおかげで、なんとか白紙和平に持ち込むことができた。
この戦争を教訓に海軍をより一層強化しなければ。
1746年 騎士団が東南アジアのジョホールに宣戦布告(第二次ジョホール征服戦争)
攻撃側:聖ヨハネ騎士団とその植民地
防御側:ジョホール、パサイ
東南アジアに勢力を伸ばすべく、ジョホール=パサイ同盟に帝国主義戦争を仕掛ける。
2年後、戦争終結。マラッカがジョホールを併合。パサイもマラッカに領土を割譲した。

1748年の東南アジア

1749年 騎士団が朝鮮に宣戦布告(第二次朝鮮征服戦争)
朝鮮がまたもや明(中国)から独立しようとしていたので、横から介入した。
2年後、戦争終結。朝鮮は首都・漢城(現在のソウル)を含む半島西部を割譲した。

1751年の日本周辺

1763年 騎士団が東南アジアのパサイに宣戦布告(第二次パサイ征服戦争)
パサイがオスマンに戦争を仕掛けられて苦戦していたので、どさくさまぎれに参戦。
翌年、戦争終結。パサイは騎士団とマラッカに領土を割譲した。

1764年の東南アジア

1766年 騎士団がポルトガルに宣戦布告。
本国を失ったボルトガルは南アフリカを経て太平洋のミッドウェー島に首都を移していた。
翌年、戦争終結。ポルトガルは聖ヨハネ騎士団になけなしの領土を割譲した。
1768年 騎士団がロードス島からインドネシアのブルネイに首都を移転する。
ロードス島から首都を移すのは正直抵抗があったが、来たるべきオスマンとの決戦に備え、実質的な本拠地であり、より安全な場所であるインドネシアに首都を移転することにした。

真紅の盗賊

<基本戦略を変更>

プレイ終了まで残り50年。悲願である聖地エルサレム奪還のためオスマンを倒す。
 オスマンに対抗できるだけの軍事同盟を結成する。
 陸軍は同盟国に頼るが、海軍は自力でオスマンに対抗する。

1770年 騎士団がボヘミアと軍事同盟を結ぶ。
ボヘミアはオスマンに国境を接する東ヨーロッパの大国で、フランスの同盟国でもあった。
この同盟の成立により騎士団、フランス、ボヘミアからなるオスマン包囲網が完成した。
オスマンがマムルーク=ティムール同盟に宣戦布告。
絶好のチャンス到来!
オスマンと一戦交える気満々だったが、フランスとボヘミアが難色を示したため断念した。
1775年 フランスがオーストリアに宣戦布告。騎士団も同盟国として参戦する。
攻撃側:フランスとその植民地、聖ヨハネ騎士団とその植民地、ボヘミア、他
防御側:オーストリア、ハンガリー、モロッコ、他

モロッコ王国
北アフリカ北西部に位置する国家。イスラム教国。
 モロッコ王国

もはやオーストリアにかつての力はなく、フランスの勝利は確定している。
騎士団は旧ポルトガル領に駐留する陸海軍でモロッコへ遠征する。
1777年(戦争3年目)
1年半におよぶ攻防戦を経て、アフリカへの侵攻を阻止していたグラナダ要塞が陥落する。
1779年(戦争5年目)
1年半にわたる攻防戦ののち、モロッコの首都が陥落する。
ハンガリーがフランスに降伏して戦争から脱落する。
1780年(戦争6年目)
騎士団に女海賊・鄭一嫂が登場。海軍提督として登用する。

鄭一嫂(てい・いっそう)
中国・清朝の女海賊。紅旗幫という海賊団を率いて列強諸国を相手に戦った。
 鄭一嫂

騎士団の旗も赤地に白い十字である。列強相手に戦った女海賊という経歴も気に入った。
彼女には来たるべきオスマンとの決戦で騎士団の主力艦隊を率いてもらうことにしよう。
1781年(戦争7年目)
騎士団が東南アジアのパサイに宣戦布告(第三次パサイ征服戦争)
オスマンがパサイに戦争を仕掛けようとしていたので、先手を打って攻撃した。
同年、対パサイ戦争終結。パサイは騎士団に領土を割譲した。
フランス連合軍の大勝利で対オーストリア戦争が終結する。
<ウィーン講和条約>

 オーストリアはフランスとボヘミアに領土を割譲する。
 モロッコは騎士団にジブラルタル海峡周辺の領土を割譲する。

地中海の入り口、ジブラルタル海峡に領土を獲得!
ここに要塞を築けばアフリカ大陸からヨーロッパへ侵入することはできなくなる。

1781年の西地中海

史上最大の作戦

1785年 オスマンがマムルークに攻め込む準備をしているとの噂が流れる。
ついにオスマンに対する十字軍を発動する時が来た。デウス・ウルト!
オスマン内部に内通者を作り軍隊の動きを完全に掌握。さらに徴兵の妨害工作も行なった。
政府への潜入と徴兵妨害
両方とも諜報網を構築することで可能になる外交行動。
政府への潜入は外交技術レベル30、徴兵妨害は外交技術レベル15が必要。
1786年 オスマンがマムルーク=ティムール同盟に宣戦布告。
内通者によりオスマン軍が東のティムール国境に移動していくのが手に取るようにわかる。
オスマン軍が首都コンスタンティノープルから十分に離れたのを確認して・・・
騎士団がオスマンに宣戦布告。
攻撃側:聖ヨハネ騎士団とその植民地、ボヘミア
防御側:オスマン、他
手を尽くしたが、フランスは遠く離れた地での戦争に加わらなかった。
圧倒的な物量を誇るオスマンに対抗するための作戦はこうだ。
まず、海軍が首都への帰り道となるマルマラ海を海上封鎖し、敵の援軍を阻止する。
同時に陸軍を上陸させて電撃的に首都を占領する。
作戦の成否はオスマン軍が態勢を建て直す前に講和に持ち込めるかどうかにかかっている。
宣戦布告と同時にマルマラ海を封鎖。コンスタンティノープルに騎士団5万が上陸した。
最新式の砲兵を大量投入して、かつて難攻不落と呼ばれた要塞都市に砲火を浴びせる。
あたかも第一次ロードス島攻防戦の再現であった。
慌ててティムール戦線から兵を引き返そうとするオスマン軍だったが、首都に戻るためにはマルマラ海を渡らねばならず、そこは騎士団艦隊が完全に封鎖していた。
オスマン軍が立ち往生している間に、国境を越えてなだれこんだボヘミア軍が怒涛の勢いでオスマンの領土を占領していった。
1787年(戦争2年目)
砲兵の威力は絶大で、わずか半年でオスマンの首都コンスタンティノープルが陥落した。
<イオニア海海戦>

鄭一嫂の率いる騎士団艦隊403隻とオスマン艦隊191隻が激突。オスマンが士気で上回る。
 
急遽マルマラ海を封鎖していた別働隊81隻が来援するが、戦況は変わらず。
 
騎士団艦隊は数では優勢ながらオスマン艦隊に士気で及ばず、やむなく戦闘海域から離脱。
 
勝利したオスマン艦隊であったが艦の損耗は著しく、修理のために撤退を余儀なくされた。
 
オスマン艦隊の隙をついて騎士団艦隊は再びマルマラ海に突入。海上封鎖を再開した。

イオニア海海戦

1788年(戦争3年目)
海戦では負けたが騎士団連合軍の優勢は揺るがず、騎士団に有利な条件で講和条約が成立。
<コンスタンティノープル講和条約>

 オスマンは騎士団に聖地エルサレムとその周辺の領土を割譲する。

ついに聖地奪還。エルサレムよ、わたしは帰って来た!
これでプレイ開始時に設定した目標はすべて達成したことになる。

1788年の東地中海

モダンタイムス

<基本戦略を変更>

ロードス島と聖地エルサレムを確保したまま、スエズ運河を建設する。
 オスマンに割譲させた領土があればスエズ運河を建設することができる。
 騎士団の経済力を持ってすれば莫大な建設資金を準備することも不可能ではない。

1791年 スエズ運河の建設に着手する。
スエズ運河の建設資金を準備するために、世界中から富を集めた。
アンデスの黄金、インドネシアの香料、蒸気で動く機械。
それらすべてが生み出す富である。
1800年 明(中国)がオスマンとの戦争に敗れ、サハリンでアイヌが独立する。
騎士団は即日アイヌに宣戦布告。翌年、騎士団がアイヌを併合する。
1801年 スエズ運河が完成し、地中海と紅海を自由に航行できるようになる。
途中で工事が中断しそうになる場面もあったが、スエズ運河は無事完成した。
騎士団は全人類の発展に貢献する偉業を成し遂げた!

スエズ運河

1814年 明(中国)がオスマンとの戦争に敗れ、琉球の宗主権を放棄する。

琉球王国
現在の沖縄県を中心に存在した王国。東シナ海の中継貿易で大きな役割を果たした。
交易範囲は東南アジアにまで広がり、特にマラッカ王国とは深い結びつきがあった。
 琉球王国

騎士団は即日琉球に宣戦布告。翌年、騎士団が琉球を併合する。

1815年の日本周辺

1817年 マムルークの領土であったキプロス島で反乱が成功し、独立国となる。
騎士団は即日宣戦布告。翌年、騎士団がキプロス島を併合する。
歴史上、騎士団がロードス島に拠点を移す前に滞在していたキプロス島を異教徒から奪還!
これで騎士団ゆかりの地はすべて手に入れた。我がプレイに一片の悔いなし。

1818年の東地中海

あとがき

最終期限である1821年に到達したため、プレイはここで終了しました。一発勝負の鉄人モードにしては面白いプレイになったのではないでしょうか。

プレイ中の出来事とプレイヤーの考えを織り交ぜながら書いた今回のスタイルは、読みづらい点もあったかと思います。長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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  信長狂詩曲(初心者向き)
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  逆襲のバスク(中級者向き)
<推薦図書>

 ロードス島攻防記(塩野七生・新潮文庫)

あえてリンクは張っていません。興味のある方はお好きな方法でお探しいただければ幸いです。


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