マリア 第1章 イタリア政策

マリア 第1章 イタリア政策

オーストリアでプレイした結果を脚色したリプレイ(AAR)です。
後世の歴史家によって書かれた年代記の体裁になっています。

本文中の出来事はすべてフィクションです。実在の人物・団体・国家とは一切関係ありません。

目的別の読み方(途中から読んでも内容はわかります)

最初からじっくり読み進めたい方  このままお読みください
盛り上がるところから読みたい方  第2章 ハプスブルク帝国へ
クライマックスまで飛ばしたい方  第3章 双頭の鷲へ

序文

オーストリアをプレイするのは今回が初めてでした。難易度は非常に難しいに設定し、途中ロードが禁止される鉄人モードを使用しています。

プレイの目標は神聖ローマ帝国の再興に定めました。そのためには帝国の権威を高め、8つの帝国改革を実行する必要があります。

第1段階 帝国改革の呼びかけ
第2段階 帝国統治院の設置
第3段階 宮廷裁判所の改革
第4段階 一般帝国税の制定
第5段階 永久ラント平和令・・・神聖ローマ帝国内での戦争禁止
第6段階 帝位の世襲の宣言・・・選帝侯による皇帝選挙の廃止
第7段階 諸侯特権の廃止・・・・神聖ローマ帝国諸侯の従属国化
第8段階 帝国の再興・・・・・・神聖ローマ帝国の再興

神聖ローマ皇帝は代替わりのたびに選帝侯と呼ばれる有力諸侯の選挙によって選ばれます。オーストリアはプレイ開始時の皇帝ですが、皇帝であり続けるためには選帝侯の機嫌を損ねるわけにはいきません。

EU4のバージョンは1.28.3。DLCは同時最新の「Golden Century」まですべて導入した状態でプレイしています。

フリードリヒ3世の治世

ハプスブルク家のフリードリヒ3世は御しやすい人物として皇帝に祭り上げられたが、選帝侯の誰もが予想しなかった外交手腕を発揮して諸侯間の争いに介入すると、高まる権威を背景に帝国改革を呼びかけた

1468年

フリードリヒ3世は王位請求権を主張してボヘミアに侵攻すると瞬く間に全土を征服。オーストリアとボヘミアの同君連合を成立させた。ところが、皇帝はその直後に陣没。ボヘミアは奇跡的に独立を回復する。

諸侯への干渉を繰り返したフリードリヒ3世は数多くの恨みを買っており、巷では暗殺説が囁かれた。享年61。

フランツ・カール1世の治世

フランツ・カール1世は諸侯の紛争調停に努め、帝国統治院を設置した。

野心あふれる皇帝は再びボヘミアに軍を進めるとボヘミア王を称し、オーストリアとの同君連合を復活。選帝侯に対して公然と行われた侵略行為に、他の選帝侯は激怒した。

ボヘミア侵攻の隙をついて、同盟国ハンガリーにポーランドが攻め寄せた。皇帝はハンガリーからの救援要請を退けると、逆にハンガリー侵攻の準備を命令。この動きにオスマンも同調し、ハンガリーは三ヶ国の同時攻勢を受けて国土の大半を喪失した。

1498年

フランツ・カール1世は共通の敵オスマンに対抗するためポーランドと同盟を結んだ。東の安全を確保した皇帝はしだいに北イタリアへの干渉を強め、ついには交易都市ジェノヴァを手中に収めた。

その頃、ドイツでは宗教改革の嵐が吹き始めていた。異端に改宗する諸侯は増え続け、帝国の威信は地に落ち、改革は頓挫を余儀なくされた。

皇帝は弱体化したハンガリーとの同君連合を画策すると、再びハンガリーに出兵。かの地でハンガリー王への即位を宣言した。この暴挙にフランスは第一次オーストリア包囲網を結成した。

ハプスブルク家の威信を大いに高めたフランツ・カール1世にも御しえないものが二つあった。ひとつは宗教改革の嵐であり、もうひとつは自らの寿命であった。享年69。

1530年

アルブレヒト6世の治世

アルブレヒト6世は狂信的なカトリック信者として名高く、対抗宗教改革を推進した。一方、国教を聖公会に改めたばかりのイングランドとは同盟を締結。さしもの皇帝も、フランスを中心とする包囲網には脅威を感じていたことを窺わせる。

高齢で帝位についたアルブレヒト6世の治世はわずか4年で終わりを告げた。享年56。

摂政イサベルの治世

次期皇帝はまだ幼く、カスティーリャ王家から嫁いだ皇后イサベルが摂政となった。

包囲網が崩壊すると、イサベルは実家カスティーリャと連携して北イタリアへの攻勢を再開、交易都市ヴェネツィアを征服した。北イタリアの二大交易都市を支配することになったオーストリアの財力は急増。危機感を抱いたフランスは第二次オーストリア包囲網を結成した。

1545年

ラディスラウス1世の治世

戴冠した皇帝が最初に命じたのは、教皇庁から商売独占の認可を得ることだった。そのような伝説が生まれるほどラディスラウス1世の商業政策は徹底していた。

包囲網が綻ぶと見るや、皇帝はジェノヴァ、ヴェネツィアの残存勢力を滅ぼし、北イタリアの支配を盤石にした。長年にわたるイタリア政策の結果、オーストリアの財政は安定し、潤沢な富が精強な軍隊を支えていた。

オーストリアが帝国外に領土を拡大する傍ら、帝国内で着々と勢力を拡大していたのが選帝侯ブランデンブルクである。デンマークを征服したブランデンブルクは、皇帝が選帝侯の行動に口を出せないのをいいことに周辺諸国を併呑。他の選帝侯と同盟を結び、皇帝の座を虎視眈々と狙い始めた。

宗教改革の嵐はいまだ衰えず、帝国各地で小競り合いが続いていた。選帝侯はいずれもカトリックを支持していたが、ヨーロッパを二分する戦争が勃発するのは時間の問題であった。ラディスラウス1世は帝国の未来を憂いながら世を去った。享年70。

1600年